Henesy
人生初のライブハウスは今は無き新栄MUJICA
バンド名はHenesy。
スタジオでせーのでラジカセ録音したカセットテープを雑誌に記載された住所に送りつけて何故か出演が決まったって言う今考えるとツッコミどころ満載なんだけど、そんな人生初ライブ。
バンドやろうなんて行動を起こす奴ってのはたいがい全員根拠のない自信を持っているものなんだけど、ベースの奴が飛び抜けて根拠のない自信を持っていてすごく行動力がある奴だったってのをよく覚えてる。
ラジカセ録音、んでカセットテープ。THE アナログ。
なんかメンバーのプロフィールとか意気込みとかなんかなんか書いて郵便で送ったんだよ。んでデモ音源審査通過したって電話かかってきてライブハウスに直接面談にきてくれって言われて。
なんで審査通ったんだろうって当時は不思議だったんだけど。
今だからわかる事は、送られたデモテープの絶対数が少なかったってだけだろうね。当時の僕らが思っているよりもかなり分母が少なかったって事。
「音楽やりたい」って思う奴
「音楽やりたい」って言うだけの奴
「音楽やってみる」奴
「音楽やり続ける」奴
下に行くほど難易度は上がっていく。
まあこれは音楽に限らず人生における事柄全てに当てはまるだろう。
僕とメンバーはベースの奴の行動力のおかげでデモテープを送るっていう行動までたどり着けた。だから面談まで進めた。
みんなめっちゃ嬉しくって自転車で向かったんだけど地下にあるライブハウスの入り口には色々なバンドのフライヤーとかががめちゃんこ貼り付けてあるわけ。
なんかもうこわかったよね。
異空間て感じ、で重たい防音扉開けてカウンターこえて裏の倉庫みたいな地下室に連れていかれてさ。
みんな一人ずつ意気込みとか聞かれて、メンバー全員「プロになります!本気です!諦めません!」とか言ってそんな感じのやりとりしてなんやかんや話して帰った。
でまあライブなんだけど僕以外の他のバンドも僕らのバンドもみんな友達やらなんやら滅茶苦茶呼んでライブハウスはパンパンになってたよ。
まあ演奏自体も滅茶苦茶だったけどその人生初ライブは紛れもなく僕のこの人生の幕開けだった。
よくある話だけど僕含めてメンバー4人いたんだけど2人はその3ヶ月後、ベースはその半年後に音楽やめちゃった。
けどさ、その時の「本気です」は確かに全員本気だった。って今でも僕はそう思ってる。
次の日、無断でライブをした事とライブハウスに多数の友達を呼んだことが学校にバレて指導室に呼び出されこっぴどく叱られ、僕は所属していた軽音楽部をクビになった。
また気が向いたら続きをかくよ。
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